Murmur...

アラサーといいたくないけど徐々に30の扉が見えてきている女子が好きな音楽を中心にまとまった言葉を語りたいときに語る場所。

コンマ2秒の未来へ現在を切り開いていけ!

―LINE/スキマスイッチ

 

「お金で買えるものと 買えないもののはなし」をしようと思ったら、

この歌詞が浮かんできた。

 

* * *

 

「苦労は買ってでもしろ」

とか、社会人なりたての頃にはよく言われた。

自分の時間や身を削ってまで苦労はしたくないな、とわたしは思った。

上の世代の人が言うそれを、「はいそうですね」と

素直に受け取れないわたしは、ひねくれてるのだなとも思ったし、

こういうところが「ゆとり世代」と言われる所以なのかなと思ったりもした。

 

わたしの社会人人生のスタートは、CMの制作会社からだった。

まだ今ほどうるさく労働時間のことを言われる前だったから、

残業時間の上限なんてなかったし、わたしがやることがなくなってしまっても、

それはわたしの力量不足でできる仕事がないのが悪いので、

先輩のそばについてただ仕事を見るだけのために

何度も終電を逃したりもした。

むしろ勉強してるのに金をもらえるなんていいご身分だな、

なんて言われたりもした。

たしかに、今までは学校に通って勉強をするのには

こちらからお金を払っていたのだから、そう言われてみればそうだな、

ありがたいことなんだな、と思ってしまうぐらいには、

この世界に染められてしまっていた。

リーマンショック、311……

どうしてここまで生まれた年で仕事を探すことの難易度が変わってしまうのだろうと、

どこを恨んでもいいのかわからぬまま就職活動をしていて、

不景気なのに娯楽に近しい商売なんてアテがないよと言われ続けていたけれど、

わたしはそれでもやりたいことを曲げたくなくて、

やっとの思いで見つけた「ものを作ること」に関われる仕事だ。

ちょっとやそっとのことじゃ投げ出したりしたくない。そう思っていた。

だから、どんなに長い時間働かされようとも、

女だからってどんなに馬鹿にされたような発言をされようとも、

ヘラヘラと笑うことでごまかして生きていたし、

大した一芸にも秀でていないわたしは、そうすることでしか

そこで生きていく術を見つけられなかった。

 

「この世界は10年でやっと一人前だからね」

こんな言葉も、この世界ではよく言われていた。

この言葉を聞いたときは、わたしはまだ22歳だったと思う。

「32歳で一人前か」って、

まだ時間に対する概念がそこまでしっかりとしていなかったから

長いのか短いのかもよくわからなくて、

頑張るしかないんだなあと受け止めていた。

でも2年、3年と続けてきてわかった。

10年という年月がとてつもなく長いということに。

わたしはこの4月でやっと社会人歴8年目になったところだ。

紆余曲折、2度の転職を経て、今の会社ではすっかり

中堅社員的なポジションで仕事をしているけれど、

もし最初の会社にそのままいたら、あの時言われた言葉から考えると

まだ一人前にすらなれちゃいないんだと思う。

 

そもそも、一人前って何なのだろう?

自分で仕事を取ってこれること?

人に指示されなくても、自分の判断で動けるようになること?

知らないことがなくなること?

そのどれもができる人、できている人はどこにどれぐらいいるのだろうか。

仕事にもよるかもしれないけれど、良い歳した社会人でも

できていない人だっているんじゃないだろうか。

それは時間が経てば、単純に年月を重ねたらできるようになるものなのだろうか。

わたしは、そうではないと思う。

積み重ねた「時間」よりも、その時間のなかでどのような「経験」をしてきたか。

数量的には同じ時間を過ごしていたとしても、

その時間をどのような密度で過ごしてきたか。

 

最初の話に戻るが、例えば「苦労は買ってでもしろ」と言われたとしても。

その「苦労」が自分の血となり肉となり、

(ある意味では「血」ではなく「知」なのかもしれない)

今後の自分の生き方を変えてくれたり、糧となるのであれば

買ってでもしたほうがいいのかもしれないけれど、

単純に身体的苦痛・精神的苦痛を味わうだけの「苦労」であれば、

そんな苦労、どんなにお金をもらったって、しなくていいとわたしは思う。

 

最初の会社での「苦労」は、前者後者どちらの種類のものもあった。

この頃のわたしは、「国がそう言うから」って理由だけで

月4日の休みをギリギリもらえていたという状況で、

休みの日は基本的に会社に何をしているか報告なんてしなくていいはずなのに、

休みの前日には「明日は何々をしている」と先輩に言わなきゃいけなくて。

わたしはそれがものすごく苦痛だった。

唯一の休みにストレス発散にライブに行くのにハマり始めたのもこの頃で、

次の日休めることが決まった金曜日の23時過ぎから、

それが次の出勤日までに東京に帰ってこれるのであれば

どこであろうとお構いなしにライブのチケットと

交通手段を確保するようになった。

働く時間が長かったから、(時間対賃金で考えたら割には合っていなかったけれど)

そこそこのお給料はもらっていたので、お金で買える時間は

ひたすらお金で買っていた。

とにかくお金より時間がなかったので、

思い返してみると大分県まで飛行機で5万かけてでも行ったりしていて、

本当にただのバカだったと思う。

でも、それぐらいしないと自分の時間がとれなかった。

わたしに自由はなかった。

 

ライブ中に電話が鳴ってたようで電話に出られず、

終演後に電話をかけたら、全然緊急事態じゃない

ただの「いま暇?飲みに行かない?」の呼び出しだったのに、

めちゃくちゃ怒られたこともあった。(休みの日だけど)

次の日の朝、いつもよりも少し早い時間に出社しなきゃいけなくなったと

遠征先で電話がかかってきて、今地方にいるということがバレたら、

始発の飛行機で全然余裕で間に合う時間でも

出かけていること自体を怒られたことだってあった。(休みの日だけど)

休日は「休む日」ではないのか。

さすがにわたしだって、緊急事態が起きそうな時期

そんな案件が入っている時期にはライブの遠征は控えていた。

実際に緊急時に仕事場に行けなかったというやらかしは

一度たりとも起こしていない。

地方に行ったときだって常に数時間以内に東京に帰る手段は考えていたし、

電波を発してはいけない場所以外では、常に携帯電話の着信を気にしていた。

それでもダメだった。

 

最終的に辞めた理由、辞めることを決断したきっかけは

他にもたくさんあるのだけど、じわりじわりと

わたしの心を痛めつけていたのが、この頃の出来事であることは間違いない。

休みの時間に自分の好きなことをするのを許されないこと。

自分の行動に対して、社会的にいけないことをしているわけではないのに

罵倒されること。

常に自分の生活を監視されているような気がしてしまうこと。

こんな「苦労」はどんなにお金をもらったってするべきではない。

自分が自分として送れる人生は一度きりだ。

そして、その時間には限りがある。

そんなことを考えざるを得ない経験も、この仕事をしている時にしてしまったので、

わたしは一人前になることを選ばず、見る人から見たらその道から「逃げた」。

 

こうやって書いてみると、やっぱりわたしは

「ゆとり」と言われてしまう世代の人間なのかもしれない。

でも「生きること」は何よりも大事なことだし、

わたしはそこに「安らぎ」を欠かすことはできない。

わたしは欲張りだから、そのうえで「好きなもの・こと」に囲まれて過ごしたいし、

あわよくばその「好きなもの・こと」から

「お金」を得られたら最高だなと思う。

そういう環境を得るためなら、どんな努力だってするし、

場合によっては「投資」としてお金をかけたりもする。

「苦労」だって買うと思う。

 

先述の通り、人間、生きられる時間には限りがある。

その時間を増やしたくたって、お金では買えない。

そもそも、自分に残されている時間があとどれほどなのかすら、

どれだけお金をかけても知ることはできない。

「お金で買えるもの」と「買えないもの」をきちんと分別して、

自分のなかで優先順位をつけて、

生きる道は選んでいかないといけないと思う。

たまに道を踏み外しちゃったり、時間を無駄にしてしまったなと

思うこともあるけれど、

そんな自分を悔いてその場で地団駄踏んでいる暇があったら、動くしかないのだ。

隣の人を見て羨んでいる暇があったら、

自分の手で状況を変えていくしかないのだ。

わたし自身もそういうことをしてしまっていた

無駄な時間を経験しているからこそ、なおさらそう思う。

 

* * *

 

必死で漕げ

 

死ぬまで漕げ

 

と今回のタイトルに引用させてもらった歌のなかでスキマスイッチは歌っている。

「誰かの轍は足が取られて困る」とも言っている。

自分とまったく同じ人生を送っている人なんて、誰ひとりいない。

お手本にしたい人がいたとしても、

その人と自分は同じ人生を歩んでなんていないのだから、

結局自分の道は自分で切り開くしかない。

この曲は、たまにそのことを見失いそうになるときに聞くと、

頬にビンタを食らわせてくるような、目を覚ましてくれるような、そんな曲。

スキマスイッチはわたしから見るとお兄さん世代だから、

寄り添ってくれるというよりも、背中を押してくれるようなそんなポジションのふたりだ。

 

 

 

 

坂内拓さんの個展に行ってきました。

今回の個展のテーマは「東京 tokyo」。

生まれも育ちも東京という坂内さん。

「東京」というと、どうしても大都市ど真ん中な感じ、

きらびやかなイメージ、その反面ごみごみした感じ、

汚いものたくさんなイメージが先行してしまうけれど、

そんな場所ばかりでもなくて、ちゃんと住める場所、

人がのびのびと息をしている場所だってあるんです。

きっとそんなところで生まれ育って、

そして芸術を志したのだろうなと思えるような、

そんなイラストたちが展示されていました。

飾られていた名刺に書かれていた地名が、

わたしも大学時代に少し馴染みのある街だったので、

「この街で描かれた絵なのか」と合点がいった部分もあったりして。

色彩の感覚や、表現するものに現れる空気感といったものは、

やっぱり生まれてから見てきたもの、感じてきたもの、

そして吸収してきたものによって滲み出るものなのですね。

あの辺りで生まれ育ってきた友人や知人が何人かいますが、

心なしかそのみんなと似通った雰囲気を感じるところもあったりして、

少し懐かしさをも感じました。

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飾られていたイラストのなかで、わたしが一番気に入ったのはこの絵。

色づかいと構図と、どれもがとてもツボでした。

作品集のなかにこのイラストも盛り込まれていたので、購入。

おうちのどこかに飾ろうかなあ、と計画中です。

 

坂内さんの存在を知ったのは、「毎秒、君に恋してる」のアートワークがきっかけ。

毎秒、君に恋してる

 

なので切り絵で作品を作られている方だという認識だったのですが、

こちらは筆で描かれているようでした。

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イラストを描くのに使っているツールは違えど、

使われている色彩とそこに現れている透明感や空気感は変わらなくて。

表現したいものの核がしっかりとしているのだろうなぁ……と

見ていてひしひしと感じました。

メラメラと燃える炎というよりは、静かに高い熱を帯びている青い炎。

そんな炎が心のなかに、そして作品のなかに宿っているような気がしました。

 

* * *

 

「わたしらしさ」「あなたらしさ」って何?

こんなことは、サラリーマンとして名前が出ないように

物書きや編集の仕事をしていると考える機会はあまりない

(むしろ人の代弁をする場合は、出すことを考えてはいけなかったりもする)

のですが、ほぼ日の塾に参加したときにたくさんたくさん向き合いました。

……向き合ったといいつつ、顔をそむけたり逃げてばかりだったので、

結果的に見つかったのかというと、見つからぬままなのですが。

 

ひとりの人間として、「名前」を表に出して「作品」を発して、

出したものに責任をもって挑んでいる人の姿は、

たくましくもあり、かっこよくもあり、芯の強さを感じたりもします。

わたしが惹かれる人たちは、基本的にこういうことと徹底的に向き合って、

そして発信をしている人たちばかりだから、

やっぱりわたしは「ないものねだり」をしているのかもしれないし、

尊敬と、ほんの少しの(良い意味での)嫉妬を感じながらも、

「刺激」をもらっているのだろうな。

わたしは、色彩的センスもなければ、美術的センスもないし、

音楽的センスもなければ、言語的なセンスも特別際立って

あるわけではありません。

けれども、やっぱり「ものが生まれる瞬間」を見届けることが好きだから、

できるかぎりそういうところに近い場所に身を置きたいし、

限りなく一生に近い形でそういうところに携わっていきたいな、なんて、

「決意」というにはとてもとても覚悟が足りませんが、

ふわっとそんなことを思った瞬間でした。

来てよかったな。 

 

 

 

 

脳内のフィルムが縺れ出す

―毎秒、君に恋してる/松室政哉

 

このフレーズ、秀逸だと思うんですよね。

脳内にフィルムがあると形容しているところもドラマチックだなと思うし、

「縺れる(もつれる)」って言葉には

1.糸や髪の毛などがからみ合ってほどけなくなる。
2.言語・動作が思い通りにできなくなる。
3.感情や事情がこみいって収拾がつかなくなる。こじれる。紛糾する。

(引用元:Weblio辞書

という複数の意味合いがあって、この歌詞に乗っかっている「縺れる」は

どれにも当てはまっているなと思います。

「脳内のフィルム」という仮想表現ではあるけど物理的な『縺れ』と

2Aメロの「時に見せる瞳の揺らぎ どんな風に受け止めたらいいの?」

って歌っている主人公の、相手の動作を踏まえて

どう動いたらいいのかわからなくなっている『縺れ』、

そして「何気ない仕草 一つ一つが僕を狂わすんだ」っていう

主人公の感情の『縺れ』。

 

物理的・動作的・感情的な動きをひとことでどう表すかって

なったときに、『縺れる』という単語がわたしにはひねり出せないなぁ…。

人の使う言葉を見て、はっとすること、たくさんあります。

わたしには、まだまだ語彙力が足りていないなぁ、とも。

「語彙」って覚えるだけじゃだめで、応用できなきゃ

まったく意味がないんですよね。

ドラマチックな言葉を綴る機会はあまりないのだけど、

このフレーズは、覚えておきたい言葉の使い方のひとつです。

 

* * *

 

この土日で、何本かライブを観てきました。

土曜日は、スキマスイッチTOUR2018「ALGOrhythm」@仙台サンプラザ公演を、

そして日曜日は、神戸アコフェスに行ってきました。
わたしはどこに住んでいるのでしょうか?そういうツッコミはなしでお願いします。笑

ちょっとこの土日に思ったこと・感じたことを書いてみようかなと思います。

曲名や構成のネタバレはしません!

と言いながらも、わたしの思ったこと・感じたことを書いていると

勘の良い人は察してしまうかもしれないので、

「わたしはシックスセンスを持っているわ」とか

「人の心を読むのがうまいの」という人は

ここでブラウザバックしていただけますと幸いです。

 

* * *


◆「ALGOrhythm」のなかでオープニングアクトをやってた人のはなし@仙台

こんなに回りくどく言わなくてもいいじゃないかと自分でも思うのですが、

松室政哉のはなし。

ツアー初日 カルッツかわさき公演にも足を運んでいたので、

彼がスキマスイッチオープニングアクトを務める様子を見るのは2度目。

川崎のときは、ツアー初日だからお客さんもみんなそわそわしていて、

そんなそわそわが彼自身にも少し伝染していたような気がして。

(2階席からだったので、彼の表情など細かいところは見えていないのだけど)

でも、仙台はちょっと会場を見渡す余裕が見られたような気がしたし、

彼が発したある言葉に対して会場から起きた拍手に

「わっ、(仙台の人)やさしい」って、ちょっとほっとしたような、

うれしそうな安堵の言葉を漏らしていたりもしていました。

やっぱり「先輩のステージを借りて歌わせてもらっている」という立場なので、

話のペースとか、内容も良い意味で『よそゆき』というか、控えめだなと

普段のバリバリすぎないけどテンポ感ある関西弁のMCを聞いていると

思っちゃうんだけど、

時と場合に応じて自分の出し方、担うべき役割・ポジションの在り方を

変えられるところも彼の良さだなと思いました。


わたしは、『あの曲』がたくさんの人に聞かれて、

広がっていく様子を見られるのがすごくうれしいです。

仙台は、席の位置的に『あの曲』にたくさんの人が耳を傾けている姿が

客観的に観れてしまったからか、涙が止まらなくて

途中からずっと俯いてしまったわたし。

本当は、一分一秒たりとも逃したくない瞬間なはずなのにね。

この曲を聴くと、あの日、この曲に出会わせてくれた

ある人に感謝しなきゃなと思います。

あの日の思い出は、今も鮮明に覚えているので。

何の曲かわからないように書こうとするとなんのこっちゃ、って話ですね。

このあたりは、ツアーが終わってから存分に語りたいところです。

 

◆「ALGOrhythm」のはなし@仙台

ツアー2本目。

ツアー初日の川崎で抱いていた印象は、

「いつものツアー初日よりも既に熟成している」ということ。

オリジナルアルバムを引っ提げてのツアーは約3年ぶりで、

初日ならではな緊張感はもちろんあったのだけど、

ひさしぶりだからこその気合いの入り方を十分に感じたステージでした。

こりゃ、このツアー回数を重ねるごとに恐ろしさを増していくぞと思っていたら、

2本目にして既に恐ろしさが増していました。笑

『遊びっぽい』というと、いつでも本気な人たちには失礼かもしれないですが、

良い意味で肩の力が抜けた、

オリジナルアルバムを引っ提げてツアーをするという

ルーティーンから抜け出したツアーを経験したことで、

バンドメンバーたちと『音で会話する』という余裕や

同じ間合いをとるということが、「あえてやろう」としなくても

できるようになったのかな、なんてことを感じたりも。

目と目で会話するところ、

目を合わせなくても同じタイミングで同じ音を出せるところ、

誰かがちょっといつもと違うことをしたときに

(いつもって言ってもまだ1回しかやってないけど。笑)

それにすぐ呼応して他の人も新しいことをやってみようとするところ。

音楽をやっている人が、その文字の通り『音を楽しんでいる』さまは、

見ていてとても楽しいです。

そんな楽しい瞬間を、何ひとつ見逃したくないと思ってしまうのだけど、

目も耳もふたつしかないし、記憶できる脳の容量にも限りがあるし、

なかなか全部は見られないのが悲しくもあるところ。

「あの人が今日あそこであんなことしてたよ」っていうのを、

友達たちと終演後に答え合わせをするのも、ツアーの楽しみです。

そんな話をする時間があまりとれない平日公演はちょっと消化不良で

なかなか寝付けなかったりもするのだけど、

仙台ではたくさんそんな話をしたせいかとても気持ちよく眠りにつきました。

(前日からのハードスケジュールのせいもきっとあるけど。苦笑)

 

あんまり話すとネタバレをぽろっと言ってしまいそうなので、このへんで。

とりあえず、怒られなさそうな程度で言うと、

『違い』を楽しめる人になろうと思います。

音も見た目も。笑

 

◆神戸アコフェスのはなし
いろいろなアーティストをつまみ食いしてきたのですが、

ちゃんとフルで聞いたなかで印象に残っている2人の歌い手について

ここでは書いておこうかなと思います。

◎松室政哉(@北野工房のまち)

この人については、そりゃあ書くさ。笑

北野工房のまちは、ここ最近流行っている元学校だった建物を

再活用して商業施設にしているところ。

ここの3Fが講堂になっていて、そこがアコフェスの会場のひとつだったのです。

この日のむろくんのセットリストは

オレンジ
ラブソング。
Jungle Pop
毎秒、君に恋してる
きっと愛は不公平
ハジマリノ鐘

の計6曲。

「ハジマリノ鐘」は、講堂のグランドピアノをお借りして演奏していました。

 

「ラブソング。」を珍しく…というか

わたしが今までに観てきたライブのなかでは初めてじゃないかな。

キーを下げて歌っていて。

「きっと愛は不公平」の転調後も、ちゃんと出てるんだけど

いつもより苦しそうだなぁ、と思って…

やっぱりツアー帯同+移動の疲れもあるのかな。

でも、「きっと愛は不公平」のラスト「これぐらいはいいでしょ」の歌い方が

今まで聞いたのとちょっと違って、そのかすれた感じの声によって

余計切なさ増して聞こえて、

あえてなのか結果的にそう聞こえるようになってしまったのかはわからないけど、

胸をぐっと掴まれました。

(と言ってしまうのは推しの贔屓目になってしまうのかな…)

 

今回来てよかったなぁって思った瞬間は、「Jungle Pop」の演奏を

聴いたときでした。

スキマスイッチのツアーについていくようになってからの

彼の演奏の変化に気がつけたような気がしています。

オープニングアクトやってるときは、時間が短いせいもあって

なかなかむろくんの本当の良さが見えきらないなぁ…というもどかしさも

感じていたりはして。

もちろん、先輩のステージの前に歌わせてもらうのだから、

スタンスとしてはそれが正解なんだと思います。

でもやっぱり、松室政哉が「スキマスイッチの後輩」じゃなく

「松室政哉」として呼ばれてるステージに、

もっと言えばワンマンに彼の音楽はより純度高く、密度高く、

色濃く個性を発揮するんだろうなぁみたいなことを感じていて。

そりゃそうだわ、持ち時間だって違うし

在り方(あるべき佇まい)だって違うし、ってそんなのわかってます。

わかってるけど、フルなものを見ていたら感じるもどかしさは

やっぱりあると思うんですよね。少なくともわたしは感じてしまう。

 

だけど、もちろん彼がステージに出て、先輩のファンたちに

顔を売るんだとか、爪痕を残すんだとか、

そういうのも今回の意図のひとつとしてはあるのかもしれないけど、

それ以上に先輩たちのツアーに対する挑み方とか、

たくさんのお客さんたちに対する表現の仕方とか、

そういうのを吸収して自分のステージに投影する、

表現できるようにする、っていうのも今回意味合いとしては

あるのかなぁってこの日のステージを見て思いました。

まだ川崎、仙台と2公演しか終わってないのに、

いろんな曲のいろんなところで今まで見たことない表情とか

テクニックとか、聞いたことない歌い方とか表現の仕方を見ることができて。

夏フェスにコーラスで参加したときも

「ステージでこれぐらいの表現をしないと客席まで届かないのかと気づいた」

なんて言ってたけれど、今回のツアーでもそれを感じてるのかな、なんて

思ったりもしました。

(直接聞いてないからわたしが勝手に思ってるだけです、あくまでも)

この日の「Jungle Pop」は気迫に溢れていて、

油断すると飲み込まれてしまいそうで、

聞きながら、見ながら何度も自分の心を奮い立たせました。

強い感情のうねりを表現できる人の歌は、

自分を強く持っていないとすぐに飲み込まれて、流されていってしまう。

もうそれでいいや、それでどこまで行けるか見ものだ、と

波に飲み込まれにいく日もあるのだけど、

この日の「Jungle Pop」の気迫は、飲み込まれにいくんじゃなくて、

対峙しなきゃと、そんな風に思える歌でした。

ラスサビ前のカウントの取り方、間奏やアウトロのフェイクやスキャット

先輩のステージを見て感じたことを自分なりの形に昇華させているような気がしました。

まだ2本目でこれなんだから、全36本のツアー全部終わった時にどうなっているのかとても楽しみです。

ちょっと松室さんに男っぽさも感じたステージでした(珍しくね←ひとこと余計)

 

神田莉緒香(@nomadika)

対するこちらは、ものすごく「女性」らしさを感じたりおかちゃんのステージ。

今回の弾き語りツアーに行けないのが悔しくて、

アコフェスに行くのを決めた時から観にいこうと決めていたステージ。

26歳になったばかりの彼女は、25歳のときよりも

ずっとずっとオトナの女性になっていました。

前回見たのが11月のBLITZワンマンだから、

まだ半年ぐらいしか経っていないのに、あの時のアンコールに感じた

ちょっとどきっとするオトナの色っぽさがこの日は随所に感じられて。

これぐらいの歳の女の子って、急に大人びたり、

一瞬にして雰囲気が変わったり、本当にめまぐるしい。

「女の子」から「女性」に変わっていく瞬間。

「走れハリネズミ」だって、かわいくパワフルに歌っていた姿が

印象的だったのに、柔らかでありつつも芯の強い女性になった主人公が

そこにいて。

「愛と叫びたいんだ」と「めぐり」はオトナの女性。

まだ「大人」というほどではないから、

あえて「オトナ」って書いているのですが、

それが「大人」になる日もすぐ来てしまうんじゃないかな。

一瞬一瞬を見逃してはいけない女の子な気がします、神田莉緒香ちゃん。

Gooseのときから知ってたけど、ソロをちゃんと聴くようになったのは

完全に種子田さんやゆうこさんのおかげなんだけど、

儚そうな見た目と裏腹に意外とちゃきちゃきしてるところ、

かわいいところとオトナっぽいところ、

楽しい歌も切ない歌も歌えるところ、その多彩さはどうしても目を惹く存在。

女性シンガーソングライターってわたしなんだかんだあまり聴かないんだけど、

りおかちゃんはこれからもチェックしていきたい存在です。

 

* * *


アツく語ってたら長くなりすぎてしまいました。苦笑
読みづらくてごめんなさいね、というか

最後まで読んでくれてる人はいるのかな…?笑

いたとしたらありがとうございます。

こんな感じにライブの感想もちゃんと書くようにしていきたいな〜。

がんばって時間を作るようにしようと思います。

 

 

 

止まった時計 季節 この静寂に 僕はまた耳を塞いだ

ーきっと愛は不公平/松室政哉

 

忙しさにかまけてここに言葉を書くのを後回しにしがち。

今年こそは、今度こそは、と言いながらまた100日単位で日があいてしまいました。

 

何について書こうかなとか、まとまった言葉を書かないとと思ってしまうから筆不精になってしまうのかもしれない。

さくっと書く理由を見つけられるようにしようと思い、その日に頭のなかに流れた曲の歌詞1フレーズと、その言葉に関連したエピソードについて書くようにしてみようかなと思い立ちました。

どこまで続くかはわかりませんが、一旦やってみようと思います。

 

***

 

ここにまとまった言葉を書いていない間も、仕事でたくさん書いたり読んだりはしていました。

好きなことは相変わらず趣味として書いていて…と言ってもここ最近はおろそかになってしまいがちなのですが、ロキノンの『音楽文』に投稿して、こんなテキストを載せてもらいました。

 

 

今日のタイトルは、まさにこのテキストのなかでも題材にしている『きっと愛は不公平』からとらせてもらいました。

 

わたしは、彼の描く情景が、彼が色鮮やかに切り取る『瞬間』がとても好きで、これは初めてライブを観たときから思っているのだけど、言われなくても頭のなかに映像が流れてくるのです。

 

この曲をライブで聴いて、訳もわからず涙があふれることが何度もあって。

しかも必ずこのフレーズ。

たしかにサビ前の盛り上がるところではあるんだけど、1番じゃなくて2番なのね。

なんでだろうなんでだろう、って考えてみたんだけど、結局は自分の過去と向き合わなきゃいけなくなってしまったのでした。

日本語の表現って難しいなと思うけれど、「逃げたくないけど向き合いたくない」ってことってありませんか?

今まで何度もこういうことはあったけれど、その最上級なある出来事が数年前にあって。

この曲は、そのときの情景が、めまぐるしく変わってしまった景色が蘇るのです。

思い出したくない過去を無理やり引っ張り出されているのではなく、向き合いたいけど向き合う勇気のなかった自分を一気に矢面に立たせてくれたような、そんな気分になります。

 

この件に関しては本当に人間ってひどいなと思ったことがたくさんあって、でもわたしは流行りのブログみたいに誰かをつるし上げたいわけではないからここに記すつもりはありません。

でも忘れちゃだめで、忘れたくなくて、でも無情に時は過ぎ去っていって、そして何よりもう何を言っても帰ってこないという事実と過去に刻んだ思い出だけがここにあって。

 

数少ない思い出が刻まれた季節になると、そのことを思い出します。

それがちょうど今の時期。

桜が咲いたときのはなしと、そのちょっとあとのあたたかくなった時期のはなし。

4月は気候に身体がやられるともよく言うし、「春うつ」なんて言葉も最近はあるらしいけれど、わたしもちょっと感傷的な気分になって、そしてちょっと憂鬱になりがちです。

下なんて向いてちゃいけないんだろうけど、というよりもそういう素振りをしているからそういう気が流れてきてしまうのかもしれないけれど、今もまさにそんな時期で、今までうまくいっていたこともうまくいかなくなってしまったり、ちょっとした言葉に傷ついてしまったりして、だからここに言葉を書きたくなる…と。笑

 

曲についての話に戻りますが、彼は「痛みを分け合えたら。分け合うことがもしかしたら安心とか喜びに変わるんじゃないか」と全国各地で出ていたラジオなどで言っていました。

この言葉にわたしはちょっと救われたような気分になったのです。

別に歌に励まされたり、明るいステージに連れていってほしいとまでは思っていない。

引っ張ってほしいわけじゃなくて、寄り添ってほしい。

わたしの音楽の楽しみ方はそこなのかなと改めて感じました。

 

この時期の夜の静寂は嫌いです。

生ぬるい風がびゅーびゅー吹いて、雨音も少し響いている今。

心まで春の夜風に持っていかれてしまいそうなので、音楽を聴いて気を紛らわせようと思います。

 

 

 

 

Naohito Fujiki Live Tour ver11.1~原点回帰 k.k.w.d tour~@なんばHatch1日目の振り返り(あとで追記します)

藤木直人 原点回帰ツアーの振り返りをひとりでひたすらしています。

いままでに書いた記事はこちら↓

 

***

この流れに乗って、自分が参加したライブの印象的だった場面や

MCを1日1本ずつ振り返っていこうかと思ったのですが、

仕事の書くほうに追われているので、一旦トピックスだけ

あげておきます。

あとで詳細追記していきます。

 

***

2017.9.18 Naohito Fujiki Live Tour ver11.1~原点回帰 k.k.w.d tour~@なんばHatch1日目

セットリスト

1.EXCLUSIVE

2.Little Wing

3.Eぜ

4.Wonderful Days

5.アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック

6.グッド・オールド・サマー・デイズ

7.メドレー(T-ROX〜ティラノザウルス・ロックス〜→Sweet→So Long...→哀しみの花→SAMURAI FUNK→Hallelujah)

8.シュクメイ

9.タイムトラベル

10.コズミックライダー

11.Speed★Star

12.Go for it!

13.サンクフル☆エブリナイ

14.パーフェクトワールド

15.ミチタリタセカイ

16.OH!BROTHER!

17.まっしろいCANVAS

 

ENCORE

En1.anon

En2.陽のあたる場所

 

トピックス的なMCと印象に残った場面

※一旦箇条書きで、あとで内容追記します。

  • 俺のなかで台風はきてないことになっている
  • 卓球大会で2位
  • 大阪はあすかのときに谷町四丁目NHKの近くのホテルにずっといた。今はきれいだけど、当時はぼろぼろの社屋だった、というはなし。タクシーで通って思い出した
  • 大阪は初めてのツアーの初日をやった場所。MUSEホール。そういう意味でも僕にとっては原点。なので大阪でやれてうれしい。
  • 終演後、ピック投げてるときに車椅子席のほうにピックを渡しにいこうとして 舞台落ち。彼のやさしさを見た。

 

箇条書きだとあんまりおもしろさが伝わらない…かも!

後日、思い出しながら彼がしゃべってた風にレポートできたら、と思います。

 

 

 

 

藤木直人と寺岡呼人さんのはなし(後編)~原点回帰tourを終えて、思ったこと

昨日書いた記事の後編です。

前編はこちら↓

mary-sue.hatenablog.jp

 

***

呼人さんが出てきてから割と長いことMCをしていて、前編で書いた以外にも、「デビュー当初と今で変わったこと」の話をしていました。

例えば「LINEで曲についてのやりとりをするようになった」とか。

この話に入る前に呼人さんが

僕、藤木くんとLINE友達です!

とドヤ顔で自慢していて。 会場から「えー!いいなー!」と羨ましそうな声が。笑

 

今回のシングルを呼人さんにお願いするということが決まって、曲の打ち合わせをするために久しぶりに会おうってなった最初の打ち合わせ日が、呼人さんのお誕生日の日だったらしく。

直人さんは、特に狙ってこの日にしたわけではなく、「打ち合わせしましょう」となって、 呼人さんサイドから「このなかのどれかでお願いします」とあがってきた日程の候補のなかにたまたま呼人さんのお誕生日があったんだとか。

しかも、候補日のなかからスケジュールが合うから「ここにしましょう」って返したあとに 「あれ?この日って…」と思って調べたら、呼人さんの誕生日当日だと気付いて…と言っていました。

(「あれ?この日ってもしかして…」と気付いた直人さん、もしくは直人さんサイドの誰かがすごいと思う)

誕生日当日に会うのに手ぶらなのも何だから、とちょっとしたプレゼントをもって打ち合わせの現場に行ったそうです。

(何もらったの~?って聞けばよかったな~呼人さんに。笑)

 

その打ち合わせの場で呼人さんから

藤木くん、LINEってやってる?

と話を振られ、

やってますよ

って言ったら

じゃあ交換しよ

って言って、そこからLINEでの 曲についてのやりとりが始まったそう。

楽曲が完成してからも、たまにやりとりをしているそうです。

こういう話を聞けるのもうれしいな、と思いました。

 

あと、この日の本編の中盤戦のMCのなかで

舞台『魔都夜曲』を呼人さんが観に来てくれて、 「すごいおもしろかったよ藤木くん!」って褒めてくれてうれしかった

という話をしていたのですが、呼人さんの口からも

魔都夜曲おもしろかったよね、あれ!

と客席に振ってきてくれて。

続編があるなら僕もぜひ出してください!

と呼人さん。

直人さん、すかさず

呼人さん、やめたほうがいいですよ、そういう風に言うとうちの事務所のスタッフ 本気にしちゃうから!

と。笑

これに対して

あんまりセリフがない役ならいいよ

と意外と乗り気な呼人さん。

それに乗っかって客席から「チーチャン!」とか「サミー!」とか、あらゆる役名が飛んできてたんだけど(てかサミーはないでしょ。笑)、 呼人さんが拾いきれなくて。

そうしたら直人さんが

もう随分前のことだから!呼人さんは一回しか見てないから、みんなみたいに役名覚えてないから!!!!笑

とツッコむ。笑(ファンの人は複数回観ていると断定していますね…( ^ω^))

そんなおもしろい流れもありました。

 

ふたりで少し話をして、場をあっためたところで(というか既に会場大盛り上がりでしたけど笑)、直人さんが

せっかく呼人さんがステージに来てくれたから…もう1回になっちゃうけど、 この曲やってもいいかな?

と会場に問いかけました。

そうやって言われたらどの曲かもう明白でしょう。

もちろん会場からも「いいよー!」の声が。

そして直人さんは、呼人さんに曲紹介を促しました。

これ、直人さんなりの先輩への気遣いだったのか、段取りになかったようで、 呼人さん「え、俺?」みたいな感じで戸惑っていて、直人さんが

呼人さんが作った曲なんで…せっかくだから。

と促していました。

さくっとタイトルコールするぐらいかな、と思っていたのだけど、呼人さんはこんな風に話し始めました。

僕の誕生日から制作が始まって、藤木くんの誕生日にリリースされたこの曲… ふたりともこの歳になった今だからこそ、この曲ができました。

『コズミックライダー』のときにはご迷惑をおかけしてしまっていたようなので、 今回はちゃんと納期に間に合わせて「スピード仕上げ」しました!笑

それではこの曲…聴いてください。『Speed★Star』!

 

そして本日2度目の『Speed★Star』。

呼人さんもギターを持って、贅沢すぎるトリプルギターな編成での演奏。

Aメロに入る前に3声が1小節ずつズレて入ってハモるところ、 いつもは直人さん→バンドメンバー→直人さんがもう1回、という流れでやっていたのですが、今回は呼人さんがいたから、直人さん→バンドメンバー→呼人さん、と順番に入ってくる流れに。

出だしからこれに感動してしまったわたしです。

サビも呼人さんがハモに入ってくれていて、とてもとても貴重な光景でした。

直人さんも楽しそうで、いつも間奏の「Speed Star~♪」ってメロが流れるところ、 直人さんとけいすけさんがふたりで顔を見合わせて歌っているんだけど、この日は呼人さんが真ん中に入って、歌っているふたりを見てニコニコしていました。

とても微笑ましい光景。

 

曲が終わっても大盛り上がりな会場を見ながら直人さんがこうひとこと。

せっかく呼人さんに来てもらったんだから、これだけで帰ってもらうのももったいないよねえ。笑

もちろん!もったいなすぎる! …なんて話していたところで直人さんがはっとした顔をして

あ、呼人さん待たせちゃ悪いので急いで言うけど、グッズ買ってくださ~い!

…ぬかりない、ぬかりないぞ、藤木直人…。笑(でも雑。笑)

呼人さんがね、今回のツアー遊びに来たいって言ってくださって、 でもお忙しいからどこか日程が合うところあるかな~って思ってたら、 今日なら来れるよ、って言ってくれて。

せっかく観に来てくださるんだったら一緒にステージに上がって演奏してくれませんかって 僕がわがままを言ったら、呼人さんが快くOKしてくれたんだけど…とてもうれしかったです。

なんかこの盛り上がり具合、今日がファイナルみたいになっちゃったね…でも明日もあるんで。

ちょっとお天気が心配だけど、明日も来るよって人は一緒に盛り上がりましょう。

今日のことは……明日来る人には内緒にしとこっか。笑

という言葉と一緒ににかっとハニカミ笑顔。わかってるなあ、この人…。笑

 

再来年は20周年なんで、また派手にやりたいなと思っています

という流れを受けて、呼人さんが

20周年にもせっかくだから何かやれたらいいね

と。

歓喜の声があがる会場を横目に見つつも呼人さんが突如

ちなみに僕!来年50歳ですっ!

と手をあげて宣言。

「えええええええ!?!?!?!?」と会場から驚きの声。

呼人さん若いよね。見えない……。

するとその発言を受けて直人さんが

僕!5年後に50歳ですっ!

と呼人さんのマネをして 手をあげて宣言。

この流れにふたりして顔を見合わせてケタケタ笑ってたんだけど、 ふたりともかわいすぎるなんなのこのおじさんたち。笑(こら)

 

そんな冗談を交えつつも、

もう1曲、この曲も一緒にやりたいと思います!『陽のあたる場所』!

というコールから最後のナンバーへ。

アンコールのここで出てきたから、こうなると思っていたけど、 やっぱり来たよ~!!!!!!!

17年待ち望んでいたコラボレーションをとうとうこの目で見れる日が…。

冒頭からうれしすぎて、笑ってるんだけど目からは涙みたいなよくわからない状況でした、わたし。笑

 

1番は呼人さんが、2番は直人さんが歌い、サビはメインを歌っていないほうがハモりに入るという構成。

呼人さんが歌っている後ろで直人さんがハモりのパートを歌っているという光景が、とても新鮮に感じられました。

2番終わりで、ブリッジの部分を本当は直人さんが歌う段取りだったのかな?それともちゃんと決めてはいなかったのかな?呼人さんが直人さんに目配せをしていて、 ここでも直人さんが呼人さんに目で歌うように促していました。

「ガラスのような~」のブリッジ部分から、「愛する人よ 僕は旅立つ」のところも呼人さんが歌ったのですが、本来「愛する人よ 僕は旅立つ」と始まる鍵盤と歌だけのところで異変が…。

 

なんと呼人さん、即興で歌詞を作ってこの場への感謝の気持ちを歌ってくれたのでした。

あまりに突然の出来事だったので、なんとなくしか覚えていないんだけど、こんな感じのことを歌っていたかと思います。

藤木くん 今日はありがとう

ひさしぶりに一緒に 歌えてよかったよ

20周年も 一緒にやれたらいいね

お客さんたちも 本当にどうもありがとう

(出だしにびっくりしすぎて後半2行は本当に曖昧…もしかしたら全然違うかも。 そしたらすみません)

とにかく、呼人さんから今日のこのステージへの感謝の気持ちが述べられていました。

この言葉を受け取れて、わたしたちもとてもうれしかったです。

そして、この言葉をもらったことで藤木直人寺岡呼人のコラボレーションは、また見られる日が来るような気がして。

奇跡の瞬間に感動しながらも、もうすぐ終わっちゃうこの曲にちょっとの切なさを感じつつも、きっと未来にもまたこういう瞬間は来るんじゃないかなという期待を込めてくれたことにとてもありがたいなと思ったのでした。

 

曲終わり。ギターを下ろして、ふたりでハグ。

そして呼人さんも加わったメンバー全員でお辞儀をして、直人さんの肉声での

どうもありがとう!

の言葉をもらって、この日のステージは幕を下ろしたのでした。

 

***

今回のツアー、割とおもしろいMCをいくつか聞けたなと思っているので、思い出しつつそれもまとめられたらいいな~と思っています。

書く時間をとれるかな…と思いつつ、がんばってみます。

 

 

 

 

 

藤木直人と寺岡呼人さんのはなし(前編)~原点回帰tourを終えて、思ったこと

つい先日書いた、この記事。

mary-sue.hatenablog.jp

すごくたくさんの方が(特に黒沢健一さんのファンの方が)読んでくださったようで、そしてさらにシェアまでしてくださったようで、とても驚きました。

たぶん自分の今までのつぶやきのなかで一番「いいね」されたような気がします。

改めて、黒沢さんがたくさんの人に愛され、そして想われているのだということを感じました。

 

***

ツアーが終わると語りたくなるシリーズPart2。

今回は、寺岡呼人さんとのエピソードの話をしたいなと思います。

 

Naohito Fujiki Live tour ver11.1~原点回帰 k.k.w.d tour~@横浜ベイホール1日目の公演にて、アンコールで寺岡呼人さんがステージに遊びにきてくれました。

 

寺岡呼人さんといえば、わたしたち世代にとっては「ゆずのプロデューサー」の印象が強いのです。

リアルタイムで活躍されている頃は知らないけれど、JUN SKY WALKER(S)の方だっていうのも知ってはいます。

でもやっぱり、藤木直人の音楽活動を初期から知っている人たちからしたら、「藤木直人の音楽活動の骨格をつくってくれた存在」なんだと思うのです。

 

 

***

わたしが藤木直人のライブに行くようになったのは、ver2.0~Hop!Step!BUMP!渡り鳥越冬編!!~から。

(ver1.0~ギターを抱いた渡り鳥~は、チケットがとれなかったんだな、ファンクラブに入るタイミングがちょっと遅くて…)

この頃は藤木直人の持ち歌がまだ少なくて、洋楽のカバーメドレーをやってみたり、寺岡呼人さんの曲をカバーしたりしていたのでした。

ちなみにver2.0のときは、「これが僕の愉快なヒューマンライフ」と「陽のあたる場所」をやっていたな。

この2曲がライブの定番となりつつあったから予習をしよう、と思っても本人が歌っている音源はない。

さてどうする?って言って、たどり着いた答えは呼人さんのアルバムを買って予習をすること。

いまのわたしがよくやる「何かひとつのきっかけから、他の人の音楽を掘っていく」というのはこの頃に培われたものなようです。笑

 

そんな話はさておき、当時のわたしは音楽プロデューサーがどんなことをしている人かなんて全然知らなかったけど、いま耳で聴いてるこの曲のメロディーをつくって、歌詞も書いて、この曲の形に仕上げてる人ってことはすごい人なんだ!みたいな認識でした。

もはや子どもの頃の記憶なのでうろ覚えなのですが、たしかFM YOKOHAMAでやっていた直人さんのレギュラー番組「NEO FREAKS」に一回ゲストに来てくれたことがあって、そのときの話だったりとか、ライブで呼人さんの話をする直人さんを見ていて、彼が呼人さんを慕っていたのもよく伝わってきていたし、一度でいいから直人さんと呼人さんが一緒にステージにいるところをみたいな、なんて思ったりもしていました。

 

そんな風に思っていた矢先にそんな日が実現したのです。

それが2001年の8月27日。渋谷La.mamaで行われた「Golden Circle vol.00」でした。

本当に行きたかった。このライブ。でもやっぱりチケットがとれなかったのです。

(…というか、この記事を書くために改めてちゃんと情報調べて驚いた。La.mamaだったんですね。そりゃチケットとれん。わたしのうろ覚えな記憶だとO-nestあたりかと思っていた。笑)

 

この日、チケットがとれなくて悔しくて悔しくて、でもストリーミングでリアルタイムで配信するよってなったので、わたしはPCにかじりつくようにして見ていました。

当時はまだダイアルアップ回線でインターネットを繋いでいた我が家。もちろん、次の月の請求がすごいことになって、親に怒られました。苦笑

そんなのおかまいなしに、画面越しにみた寺岡呼人+藤木直人の「陽のあたる場所」。

「いいなー、やっぱり行きたかったな」って思ったよね。思うよ、そりゃ。

またいつかこんなコラボを、今度は自分の目で、目の前で見れる日が来るかな。そんなことを夢見たりもしていました。

 

だけども、その頃から藤木直人のプロデューサーは寺岡呼人さんからシライシ紗トリさんに変わり。

そのあとも何度か楽曲の提供をしてもらったりはしていたものの、「ライブで共演しているところを見る」という夢はもう叶わないんじゃないかなあ、なんて諦めかけてしまうぐらいにちょっと遠いところに行ってしまったような気がしていたのです。

 

***

そして時は流れ2017年。

シングルとしては17年ぶりに自身の誕生日にリリースされることが発表された『Speed★Star』。

表題曲が寺岡呼人さん提供という情報が出たときに「おおっ」と思ったし、リリース前に呼人さんのラジオ番組「TERAOKA MUSIC」に直人さんが出演したり、実際にCDがリリースされて、FC限定盤のDVDに収録されているふたりの対談のなかで「ライブに遊びに来てくださいよ」って言っている模様を見て、心が躍ったりもしていたのでした。

 

でも、いざツアーが始まって、スペシャルゲストが来るならここだろう、と思っていた豊洲PIT公演の日程をよくよく見たら、呼人さん自身のツアーの初日とかぶっていて。

「あー、豊洲に来れないなら今回のツアーも来ないのかな…」なんて思って、期待しちゃだめだ、と思うことにしたのでした。

 

***

そして1ヶ月半のツアーはあっという間にファイナルの横浜2daysへ。

純粋に今回のツアーのひさしぶりのライブハウス独特な雰囲気と、その雰囲気にあわせたセットリストがとても好きで、楽しんでいたら、アンコールでいつもだったら最後の挨拶をするのに、直人さんがちょっと舞台袖を気にしながら

実は今日……スペシャルゲストがいて……いい?みんな、驚いてね?

スペシャルゲスト!寺岡呼人~!!!!

って直人さんが呼び込んで。そして呼人さんが出てきたのです。

 

…わたし、頭のなかまっしろ。そして無意識のうちに叫んでいました…。笑

 

こんな日が突然来るなんて。

いつか来るといいなと思いながらも、半ばあきらめていた日が来てしまうなんて。

しかも、よりによって(という言葉をここで使うのは正しくないんだけど、あえて使います)この日、今まで何十回と足を運んできた藤木直人のライブのなかで一番良い場所で観れた日でした。

これは本当のことなの?夢なんじゃないかな?なんて思ったりした。

なんて考えている間にふたりがどんどん話を始めるから、これは現実だ、ってすぐ目が覚めたけれど。笑

 

呼人さん、出てきて早々

藤木くん、MCうまくなったね~昔はひどかったよねえ!笑

と今の彼を褒めつつも、プロデュースしていた当時の彼を愛たっぷりに貶す…ステージ上で。笑

直人さん、めっちゃ苦笑い。

直人さん曰く、呼人さんはプロデュースしてくれていた当時、大阪(だったはず)で一度ライブを観に来てくれてたこともあるんだけど、そのときは挨拶しただけで一緒に演奏したりはせず…だったそう。

その話の流れからデビューして間もない頃を振り返って

呼人さんがプロデュースしてくださっていた当時、僕はまだ持ち歌が全然なくて。でもライブをやらなきゃいけないってなったら曲がないといけないから、呼人さんの曲を何曲かカバーさせてもらったりしてたんだけど。さっき(この日の序盤)やった『君を見つめてた 月が照らしてた』もそうだし…あたかも自分の曲のように歌ってましたけど。すいません。笑

その話を受けて呼人さんが

でも、ここに呼ばれるまで僕もそこ(関係者席)でライブを観させてもらいましたけど、『コズミックライダー』のフリとか、みんなすごい揃っていて、すごく盛り上がっていて、もうずいぶん昔につくった曲なのに、こうやってみんなに愛されているっていうことを実感できて、僕もうれしかったです

と。

すると直人さん、さっきのMCに対するダメ出しに仕返しせんとばかりにこんなエピソードを披露してくれました。

『コズミックライダー』といえば、呼人さん、覚えてます?笑

この曲、僕が曲をつくって、呼人さんが「俺、詩書くよ」って言ってくださって、呼人さんから詩が上がってくるのを待っていたんだけど、全然上がってこなくて。この曲を作った頃にやっていたツアーで演奏するって決まってたんだけど、ツアーの初日までに歌詞があがってこなくて、最初に曲を書いたときに一応僕、歌詞も書いていたんで、その僕が書いた歌詞でツアーの最初の頃は歌ってたんですよ。

それで、途中で呼人さんから詩があがってきたんだけど、もう何回かライブで演奏しちゃってて、自分の歌詞に慣れてきちゃってた頃だったから、呼人さんの歌詞を覚えるのが大変で…!笑

これには呼人さん自身も苦笑い。

そんなことあったっけ?…いやいや、その説はご迷惑をおかけしました。(ぺこり)

…でもそのときにかけた迷惑の代わりに、今回の『Speed★Star』は「スピード仕上げ」しましたんで!笑

と言って会場の笑いをとります。

呼人さんが出てきて、昔話をしていた流れで、先述の『Golden Circle』の初回に出演したときの話もしていたのですが、この話に対しても、直人さんが呼人さんへこんなことを言います。

さっき話していた『Golden Circle』に出たときも…呼人さんがMCで「藤木くんは人妻もいける?どう?」みたいなことを言ってきて。笑

僕、そのときまだ若かったし、あんまりうまいこと返しができなくて「う、う~ん…?」なんて曖昧な返しをしてしまったんだけど、そうしたらこの時のライブがストリーミングか何かで生中継されていたみたいで。

その発言を聞いて「なんだ藤木」って若干炎上したんですよ、僕!!!笑

もう16年も前の話なのに覚えてることが細かい!笑

これには呼人さんも驚いて

そんなこと言ったっけ俺…藤木くん、よく覚えてるねえ!

きっとものすごい嫌な思いをさせたんでしょうね…ごめんね…笑

と。笑

 

***

このあと、実際に一緒に演奏をする流れにいくのですが、ちょっとテキストが長くなりすぎたので、一旦区切って明日にでも後編をまとめようと思います。

わたしの想いの前段が長すぎたかな、と反省…。笑

気が向いたら後編も読んでいただければうれしいです。